東京駅前、日本橋の矢作治療院

普段から姿勢の悪さが気になる
就活や結婚を控え姿勢を正し美しくなりたい
慢性の関節痛があり、動作がツライと感じる
急なギックリ腰で仕事が出来ない状態だ
膝に痛みがあり、階段がおっくうだ
スポーツで怪我や故障を起こし治りが悪い
もっとスポーツが上手くなりたい・・・

人それぞれ悩みを抱えているものです。

すべてを完璧にとまでは言えませんが、「何とかする!」をモットーにこの道、50年ほどやってきました。21年間のプロ野球トレーナーという経験をもっと多くの悩める方々のために、お役に立てるよう日本橋に独立開業しました。

矢作治療院院長の矢作晋が
「何とかします!」

「えっ、全然違う!(^^)・・・」
治療後の患者さんの
第一声です。

腰痛や膝痛などで来院された患者さんの第一声です。ほとんどの方が「あれ?」っと痛みを探すのですが、どこにも見当たらないのです。本当に「全然違う」という感覚です。その痛み何処へ行ったのでしょうか? (^^)

 

別にトリックでもマジックでもありません。体を元の正常な状態に戻したので自然に痛みが消失してしまいます。皆さん怪訝な顔をされますが、今までどうやっても痛みの変化がなかったものが、こうやって痛みが消えていくことを体験すると逆に不思議な感情を抱いてしまうようです。

ある患者さんは、「ここに来れば、どうにかなる!」とおっしゃっています。別に可怪しくなる意味ではありませんよ。次の日に大仕事があるのに腰痛で不安だと思って、矢作治療院に前もって来ると全く不安が無くなり、仕事に集中できると言われます。そんな方々の常連さんが多く、自分で体の管理が出来るようになり、人間誰しも癖がありますからいつしか歪が発生して、痛みが出る前兆を感じることができるようになります。

つまり、何処へ行っても変化がないと思われている方々、整形外科や整骨院、整体院をハシゴしている方々が、矢作治療院を探し当て、最後に落ち着く場所として東京駅前の日本橋に存在しているのです

矢作治療院は完全予約制ですので、
予約状況をご確認の上、お電話下さい。
詳しくは下の広告バナーから
矢作治療院のトップページへジャンプして下さい。

 

急なギックリ腰になったら、
院長の出番です。

ギックリ腰というものは、本当に突然襲ってきます。日頃の不摂生、悪い姿勢での仕事、疲労の蓄積など思い当たる節があると思います。

本物のギックリ腰は、救急車で病院送りとなるほどの症状ですが、俗に言う「ギックリ腰」は、腰部筋筋膜炎と言われるものがほとんどです。腰部筋群の疲労から筋膜に炎症が起こることで痛みが出ます。炎症が起こると、筋肉は力を出すことが困難になり、体を支えることが出来なくなります。その症状が急激なので「ギックリ腰」と言われるわけです。

さて、ギックリ腰になったら、すぐにやってもらいたいことがあります。それは、アイシングです。腰部の筋膜が炎症を起こしますので、熱を持ちます。それを冷やし、落ち着かせることが最初にやることです。

次に、腰痛ベルトか、無ければサラシ様の布、太めのベルトなどで腹周り、つまりウエストを締め付けて下さい。窮屈ですが、腹圧をかけてやると楽になります。

ギックリ腰になると、普通は楽な状態になるまでに2、3週間かかります。普通は・・・です

現代では、非正規雇用の方々が多く、2、3週間も仕事がまともにできない状態を続けるわけにはいきません。今はどこの企業もそんなに甘く扱うことはしなくなりました。悲しいことです。

もちろん、症状の程度にもよりますが、そのギックリ腰が2、3日で楽な状態になったらどれだけ助かるか?・・・ですよね。完璧にとは言えませんが、ほとんどのギックリ腰と言われる腰部筋筋膜炎は、2日後には楽な状態になるという実績はいくつも作っています。人間完璧ではないので、例外もありますけど。

院長の出番が来ました。「何とかする!」の精神でそのギックリ腰に立ち向かいます。

ギックリ腰の女性、
最短で楽になった事例

何年か前になります。矢作治療院は完全予約制なのですが、20代の女性が本当に這いつくばって飛び込みで来院されました。会社を早退して矢作治療院を探し出し、必死に来院されたのですぐに診ることにしました。

いわゆるギックリ腰ですが、腰がクネッと捻れてしまっています。

矢作治療院のやり方は、矢作式手技復元整体治療と言いまして、足から調整していく治療法です。彼女の足指から緩めていき、腰が柔らかくなったところで腰の矯正をしました。

約70分の治療後に、立って歩いてもらうと・・・ 「あれ?あれ?えっ? 痛みが無い!」と言われ、満面の笑みで不思議がっていました。

壁をつたいながら這いつくばって来院された彼女は、矢作治療院を出るころには何が起こっていたのか分からないような状態で、シャッシャッっと帰宅されました。次の日に出社したら、昨日のあの痛みで騒いでいて、早退したのに・・・って周りの同僚に「仮病かぁ?」と疑われるほど驚いていたそうです。

この事例は最短で回復した症例で、記憶に残っています。

矢作治療院ホームページはこちらから

 

膝の痛みは、
膝関節の半月板がズレているのが
原因です。

膝関節には、半月板というクッションがあることはご存知かと思います。その半月板が微妙にズレを生じることで膝関節に違和感を感じて、かばうような動作をするようになります。たとえ、痛みが無くても左右のバランスが崩れてくるのです。

半月板がズレる原因はいくつかありますが、主に運動不足で下肢が弱っている時に何かの拍子で捻りが入り、わずかにズレてしまうのです。また、スポーツなどでも強い捻りの負荷でズレてしまうこともあります。

この半月板のズレが長引くと、膝が不安定になり、股関節や腰に負担をかけ歪が生じて痛みが発症します。膝関節も軽い炎症が始まり、痛みを伴います。

この半月板のズレを感知し、矯正することが出来る施術者の存在を私は知りません。

半月板の調整はとても簡単です。

半月板の調整は、膝関節周囲を緩める手順を省けばものの10秒あれば完了します。これは、私が巨人軍トレーナー時代に、試合中のチェンジになった時にダグアウトの裏でチャチャッと調整するという一発芸なのです。残念ながら、見よう見まねで出来るものではありません。

何故なら、正しい膝関節の姿を知っているかどうかだからです。正しいものを知らなければ、ズレは感知できませんから。幸い、プロの選手の膝関節は正しいので、その感覚を培うことができたのは幸運だったと思います。

半月板のズレを認識できないから、
仕事を辞めなさいと言われた

〜30代女性
エアロビインストラクター〜

エアロビインストラクターはハードな仕事です。いつも鍛えているけれども、何かの拍子で膝の半月板がズレてしまうことがあるのです。膝に痛みが発症し、整形外科や整骨院など有名なところへ出向いて行っても、何ら変化が無かったようです。「仕事を辞めなさい」とまで言われてしまったので、必死に膝を治してもらえそうな先生を探し回ったと言ってました。

10年くらい前に矢作治療院を見つけ、来院されました。

あまりにもあっけなく、膝の痛みが消えてしまったので驚いていましたが、それよりも仕事を辞める必要がないことの方が嬉しかったのではないでしょうか。

半月板がズレているという認識が何処の医療機関でも持つことはありません。医学書に書いてないですから。彼女はその後、今でもインストラクターをやっています。たまに100kmマラソンに出場したりして、頑張っています。たまに、膝の調整をしに来院されています。

矢作治療院のホームページはこちらから

 

スポーツでの怪我、故障で
悩んでいる学生諸君へ!

矢作治療院院長の私は、プロ野球トレーナー歴21年で多くの経験をしてきました。プロ野球の裏舞台はまるで野戦病院となっています。一軍は基本的に故障者はいませんが、コンディション調整に駆けずり回っている状態です。また、二軍でも故障者は多数発生しています。そんな中で、いかに早く試合復帰させていくかがトレーナーの仕事のひとつとなっています。また、故障させないという予防も重要な仕事です。

私は、特に野球が得意分野ですが、スポーツの基本を研究してますからあらゆるスポーツや武道、舞踊なども理解しています。驚かれるのは、体を診て、動作の得意、不得意を言い当てることが出来ることです。

90年代の頃は、先発投手が何イニングで何失点まで言い当てていたことがありました。また、相手投手の動きから、何回で捕まえることが出来るとか、誰がキーパーソンになるとか公言していた時期がありました。

矢作治療院には、小学生から大学生、社会人まで多くのアスリートが来院されています。スポーツは多種にわたり、とても勉強になります。

怪我や故障で悩んでいるうちに、学生時代は過ぎ去ってしまいます。何処かが痛いとかあるならば、その痛みの原因はどこか別の場所にあると思います。一度、ご来院下さい。

矢作治療院ホームページはこちらから

 

矢作治療院院長のプロフィール

院長プロフィール

矢作治療院院長の矢作晋と申します。
日本で唯一、独自の復元整体を編み出し51年間のプロ野球トレーナーとして、また政財界のトップクラスの方々の健康管理、多くのトップアスリート達のコンディション調整などを行ってきた父(故矢作義孝)から受け継いだこの手技復元整体を駆使して多くの患者さんのお悩みを解消しています。父が治療家の世界では、世界一と言えるほどの実績を残してきました。矢作家の長男として生まれ、小学校1年生からこの治療法を教え込まれてきました。言わば、59歳にしてこの道53年となるのです。3年前に父が他界した後は、私がその意志を受け継ぎこの復元整体に磨きをかけているのです。現状では、ある部分は父を追い越しているものの、ある部分はまだ追いついていないところがあるという感じでしょうか。今でも試行錯誤しながら、治療時間の60分で出来る限り痛みを解消していくという技術を研究しています。

院長略歴

矢作治療院 : 院長 矢作晋(やはぎすすむ)
生まれ : 1960年(昭和35年)9月22日
大阪市阿倍野区生まれ
学歴 : 日大三高(中退)
Judson School卒(Scottsdale, AZ. U.S.A.)
東京外語専門学校 通訳・ガイド科卒
東京鍼灸柔整専門学校(呉竹学園)本科II部卒
職歴 : 西武ライオンズ トレーナー(1年)
大洋ホエールズ トレーナー(1年)
読売巨人軍 トレーナー(19年)
矢作治療院 院長(13年目)
資格 : あん摩マッサージ指圧師、鍼師、灸師免許
合気道4級、
剣道1級(昇級、昇段試験を受けていないので)
日本スポーツ協会 アスレチックトレーナー資格
部活 : 中学は剣道部 高校は準野球部員、
Judsonでは野球部

矢作治療院 院長
矢作晋 (やはぎすすむ)

1960年9月 大阪市阿倍野区の通天閣が見える病院で生まれる。父(矢作義孝)の仕事が、近鉄バファローズのトレーナーであったことから小学校5年生まで近鉄の本拠地、藤井寺球場の裏の団地(春日丘公団住宅)に住んでいた。5年生の12月から奈良県生駒郡平群町へ引っ越し、中学まで過ごす。高校は日大三高に進学。日大三高では、ただ一人の準野球部員として当時の監督、小枝守監督に鍛えられる。高3の夏休み明けに日大三高を中退し、アメリカへ留学する。アリゾナ州 Scottsdale にある Judson School に留学し、アメリカの高校の単位を取得するのに2年費やす。その後、アメリカのESLクラスやアダルトスクールを転々とし、見切りをつけて帰国する。帰国後は、東京都新宿区の東京鍼灸柔整専門学校(現 東京医療専門学校「呉竹学園」)で鍼灸マッサージを勉強、国家資格を取得後に、西武ライオンズに、根本陸夫管理部長の計らいでトレーナーとして入団する。しかし、トレーナーの派閥争いで12月に戦力外通告を受ける。次に父が顧問であった大洋ホエールズに入団(父の代行みたいな状態で)するが、11月で辞表を出す。次いで、東京読売巨人軍(読売巨人軍)に正力亨オーナーによって入団する。その後19年間巨人軍で選手のサポートを完遂する。入団当時にいた選手で残っていたのは桑田真澄投手だけとなり、桑田選手が引退を決意していることを知って、自分も引き際と感じ、2006年に退団する。2007年4月に、日本橋に「矢作治療院」を開業し、一般の患者さんを対象に今までの経験を活かせるよう研鑽しています。 現在に至る。

簡単な自分の歴史を述べさせて頂きました。まだまだ波瀾万丈とまではいきませんが、人生まだまだ勉強です。

よろしくお願いします。

矢作治療院ホームページはこちらから

 

矢作治療院住所 東京都中央区日本橋3-6-10
くりはらビル7F
電話番号 03−5203−0333
完全予約制
メール tryahagi@yo-ake.com
営業時間 11:00~13:00  15:00~21:00
(月火水金)
11:00~13:00  15:00~20:00
(土)
15:00~21:00
(木
受付時間 10:00~19:00  (月火水金土)
14:00~19:00  (木
休診日 不定期(要確認)

 

矢作治療院は皆様のために
日本橋にあります。

 

PAGE TOP